引用であれば許諾は不要、転載であれば許諾は必須

お原稿を扱っておりますと、引用と転載の違いについてよくお問い合わせをいただきます。これら二者の区別についてはもちろんながら、特に転載許諾の申請が必要かどうか心配される先生が多いようです(転載許諾申請の考え方については、弊社の「転載許諾はなぜ必要?」を参照のこと)。
とても簡単なまとめ方ですが、次のように考えておくと区別はつきやすいでしょう。

引用 ごく短い文章をそのまま紹介すること。転載許諾は不要。
転載 長い文章(または図表)を紹介すること。転載許諾が必要。

その他にも、引用には細かいルールがあり、それらは著作権法によって定められています。次の節ではその中から学術出版に関わるものについて概説します。

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引用ルールはどう考えればよいか

引用と転載の違いについては、日本医書出版協会(JMAP)が詳しく説明しています〔JMPA公式HPより「引用と転載について:著作物を利用する上でのご注意」 (外部リンク)〕ので、詳細についてはそちらに譲り、本ページでは各ルールの考え方や背景について説明することにしたいと思います。
学術目的であり、下記のルールに従っているならば、権利者にわざわざ引用の許可をもらう必要はありません。また、権利者も拒否することはできないことになっています。
■引用ルールその1:すでに公表された著作物からの引用であること
著作権は発表済みの作品に生じる権利ですので、著作権の適用範囲はこれのみに制限されています。
学術論文の中にはしばしばin press(アクセプトはされたが、製作途中で印刷はまだされていない)となっているものもありますが、ウェブ上で公開されている場合はもちろんのこと、著者からそれを見させてもらい引用する場合であっても、アクセプトされているということは原稿が存在していますので、発表済みと考えるのが慣習となっています。
学術における引用は、このどちらかの場合に収まると思いますので、ルール1は自ずと守られているはずです。
■引用ルールその2:引用する必然性があること
自身の論文において、引用元について言及する必然性がなければなりません。すなわち、引用元自体が研究対象である(歴史研究等における史料の扱い)か、自身の研究がその文献の上に成り立つものである(先行研究としての扱い)かです。
また、ほかの方法によって代替可能なものについては、引用(および後述の転載)はできないことになっています。例えば、チューリップの写真を読者に見せたいとき、チューリップであれば何でもよいならば、著者自らが写真を撮影すればよいわけです。誰かが撮影した写真を利用することはできません(その作品でなければ批評できない、という必然性が必要です)。
■引用ルールその3:引用部分がその他の部分から明瞭に区別されていること
引用している主張が、引用元の著者によるものなのかその論文の著者によるものなのか、読者にすぐわかるようにしておかなければなりません。学術論文においては必須の配慮でしょう。
方法としては、かぎ括弧「 」でくくるのが一般的です。また、どうしても数行にわたって引用しなければならない場合には、本文から半行程度空け、行頭も1~2字程度下げることによって、区別することも行われています。
これに加え、次のルール4もセットで覚えておくのがよいでしょう。
■引用ルールその4:出典を明示すること
実際に論文を執筆される際には、引用文のかぎ括弧「 」の直後に注の番号をつけるクセを身につけておくのがよいと思います。もちろん、注には引用元の文献について、詳しい書誌情報を記載しなければなりません。
この出典明示を忘れてしまうと、そのかぎ括弧に囲まれている文章が、引用を示しているのか、著者による強調なのか、読者には区別できなくなってしまいます。
出典明示忘れは、故意か不注意か、非常に発生しやすい研究不正です。英語圏の学術雑誌を中心に剽窃検知ソフトの導入も進んでおり、社会的にも厳しい視線が向けられています。忘れてしまいやすい代わりに、見つけやすい失敗でもあります。論文執筆後に一読することによって、このミスは防げるでしょう。
■引用ルールその5:公正な慣行に合致し、十分に短い量であること
これが最も著者が悩むルールでしょう。しかしながら、これについては出版社の側も明確に答えることができません。
この場合の「慣行」とは、その学術分野の慣例に従うことと思われます。文学や歴史学の研究論文では、その研究手法の性質上、必然的に長く文章を引用する必要が生じます。そのため、10行以上の引用が行われているのをしばしば見かけます。一方で、医学や自然科学の研究論文では、よほどのことがないかぎり10行も引用する必要は生じないものと思います。1~3行に収まるのが一般的で、したがって文字数としては100字程度かと思われます。慣行は時代や社会状況によって変わるものと思いますので、同時代の他の研究や学会の見解にも気を配っていただくようお願いします。
このルールがあるために、学術論文では一般的に図表は引用とはみなされません。胸部X線写真1枚(手札サイズ)は400字詰め原稿用紙で0.5枚程度に換算されますので、文字数としては200字程度となり、上述の引用の上限を超えるからです。
なお、過去の判例(知的財産高等裁判所平成17年9月30日判決、グラフが論文内に盗用されているとされた事件)では、図表のもとになっているデータは事実やアイデアにすぎず、グラフの表現の選択にも創造性があるとは認められないとの見解から、著作物ではないとされたことがあります。しかしながら、これは学術の実際に即したものではないでしょう。科学上の理論や仮説は、データさえあれば勝手に生まれてくるものではなく、発見者独自の思いつきが必要不可欠です。また、それを広く知らしめるためにも、理解しやすくする創意工夫がなされます。それらの過程において、図表が大きな役割を果たしていることが、現在ではわかっています。出版社の側としても、著者に苦労して作成していただいた図表には、当然著作権が認められるものと考えています。判例よりも、学術動向のほうに従うのがよいものと思われます。
■引用ルールその6:原型を保持していること
作者は同一性保持権を有しています。そのため、改変する場合には、その旨を作者に伝え、許諾を得る必要が生じます。したがって、これは引用ではなく、転載の扱いとなります。
ただし、翻訳することは許されています〔著作権法(平三〇法三〇)第四七条の六第三項〕。
■引用ルールその7:作者の意図に反した使い方をしないこと
作者には名誉声望保持権という権利もあります。ルール6で定められていた同一性を保持した引用であったとしても、利用の仕方によっては作者の意に反し、その名誉を傷つける可能性があります。
前後の文脈を無視して切り抜いた引用をされてしまう場合や、撤回や訂正を行っているにもかかわらずそれ以前の発表を引用されてしまう場合などが考えられます。
ところで、学術研究とは先行研究に批判を加えることによって進歩するものとされています。この目的のために引用することは、ルールに反していることになりはしませんでしょうか?
この点については、それほど心配する必要はないでしょう。学術研究に批判はつきものであることは、それに携わる者であれば当然承知していることです。論文を発表した時点で、ある程度の批判にさらされることは了承済みとしてよいでしょう。ただし、あまりに過激な批判の場合には、トラブルになるかもしれません。言いがかりと思われないよう、根拠を丹念に示し、表現にも気をつける必要があります。場合によっては、公表前に原作者と一度意見を交わしたほうがいいかもしれません。つまり、学術の慣行に収まるように気をつけてください。
■引用ルールその8:質・量ともに、引用部分が本文にとって「従」の関係にあること
引用部分が主となっている作品を作ってしまうと、それは原典の権利者に経済上の損失を与えることにつながりかねません。このため、質・量ともに引用が従の関係になっている必要があると考えられています。
なお、知的財産高等裁判所平成22年10月13日判決(鑑定証書に絵画の縮小コピーを添付した事件)のように、主従関係を引用の要件としていない事例も過去にはあります。ですが、学術において従の関係にない引用を行うと、仮に著作権法上は容認されるようなことがあったとしても、盗作という研究不正になってしまいます。

転載=引用の範囲を超えて紹介すること

引用にはいくつかのルールがあり、その範囲が制限されていました。その範囲に収まらない場合は、転載となります。転載の場合には、権利者(=発行元+原著者)から許諾を得る必要が生じます。どの程度の分量、改変が認められるかについては、この申請時に権利者が判断することになります。
転載許諾費用は出版社にとって重要な収入源です。特に最近では論文をウェブ上で公開し、閲覧も無料とすることが増えてきているため、その重要性は増してきています。
その一方で、許諾の手続きが煩雑となることで、学術の発展が阻害されてはならないだろうとも、出版社は心配しています。この問題を解決するため、定められた分量内(「書籍1冊から5つ以内の図表」など)であれば許諾は無償にしようと、出版社間で取り決めをしている場合があります。日本においては、自然科学書協会や日本医書出版協会がガイドラインを示しており、会員社間での申請についてはこれを参考にしています(ただし、それに従って無償とするかは各社独自の基準に委ねられており、申請自体が必要であることには変わりありません)。
費用面で心配があるようでしたら、転載元の出版社にお問い合わせいただくことをお勧めします。上記のガイドラインや、利用目的に照らし合わせて、回答を差し上げることになります。

「間接引用」は引用ではない!?

ところで、学術論文では、参考文献の注をつけることも「引用」と表現されています。すなわち、「○○は~と述べている(注1)」といったもので、内容を要約している場合です。これを「間接引用」と表現し、上で説明してきた「(直接)引用」とは異なる引用方法であると説明する方もいらっしゃるようです。
しかしながら、間接引用は著作権法上のルールを守っていません。これは本当に引用なのでしょうか?
この解釈をめぐってはさまざまな議論があり、はっきりとした答えはどうやらでていないようです。以下では、学術出版の立場から、一つの見解を述べてみたいと思います。
まず、間接引用は著作権法によって定められたルール(特に、改変不可)を守っていませんので、その根拠を同法に求めることには無理があると考えられます。かといって、転載でもないように思われます。すべての参考文献について許諾を取っていては、著者も権利者もその事務手続きだけで疲弊してしまいます。実際、そのような許諾申請をされている著者はいないでしょう。となると、間接引用は、引用でも転載でもないと考えるほかなさそうです。
では次に、著者の気持ちで注と参考文献の役割について考えてみることにします。その注に期待していることは、先行研究としてそこに根拠があるのだということを示し、学術研究として信頼できるものだとアピールするためかと思います。あるいは、参考となった意見や立場の異なる意見を紹介し、読者のさらなる考察に役立ててもらうためでしょう。したがって、「言及」または「紹介」と考えたほうが実際に即しているように感じられます。
以上のことから、「間接引用」は著作権法によって定められた引用や転載とはまったく異なる行為と考えておくのがよさそうです。

▼参考文献
1) 日本医書出版協会.引用と転載について.日本医書出版協会ホームページより.URL:https://www.medbooks.or.jp/copyright/forauthor/quot.php(2019年3月12日最終閲覧)
2) 文化庁.著作権が自由に使える場合.文化庁ホームページより.URL:http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosakubutsu_jiyu.html(2019年3月12日最終閲覧)
3) 日本医書出版協会.日本医書出版協会転載許諾ガイドライン.日本医書出版協会ホームページより.URL:https://www.medbooks.or.jp/copyright/guideline20170701.pdf(2019年3月12日最終閲覧)
4) 自然科学書協会.転載許諾ガイドライン2008.自然科学書協会ホームページより.URL:http://www.nspa.or.jp/data/GuidelinesOfReproduceConsenting2008.pdf(2019年3月12日最終閲覧)
5) International Association of Scientific, Technical and Medical Publishers. The STM permissions guidelines (2014). STM homepage. URL: https://www.stm-assoc.org/2019_02_22_STM_Permissions_Guidelines_2014.pdf(2019年3月12日最終閲覧)
6)末宗達行.学術論文における「引用」と著作権法における「引用」.早稲田大学知的財産法制研究所ホームページより.URL:https://rclip.jp/2018/07/30/201808column/ (2019年3月12日最終閲覧)

作成日:2019年3月12日
公開日:2019年4月26日