社告:誤解による二次利用への注意喚起

 無断で著作物を二次利用する行為は、その許諾料を重要な収益としている出版業界に経済的な損失を与えるものであり、ひいては学術の衰退を招くものです。
 そのほとんどは、著作権法についての誤解や勝手な解釈に基づいており、昨今では病院や大学、学会においても無断利用が横行していると聞き及んでおります。事態は深刻であると受け止め、自然科学書協会(外部リンク)や日本医書出版協会(外部リンク)はそれぞれ注意喚起の文面を公式ホームページに掲載しています。弊社としましても、出版社の利益を守ることも研究者の務めと考える国際情勢に鑑み、無断利用は研究倫理上の問題であると認識を新たにしていただきたく考えております。

 以下に、よくある誤解についてまとめさせていただきました。
 また、事例ごとの申請方法については、別ページ「二次利用に関する手続きについて」にまとめました。
 それぞれを参考にしていただき、著作物を正しく利用していただくようお願い申し上げます。

1)「教育目的であれば好きに利用してよい」ということはありません
 教育目的あるいは学術目的であれば、著作物は自由に利用可能と思われている方は多いようです。これは著作権法の第35条を拡大解釈したものと思われます。

 確かに著作権法35条は、教育目的での複製であれば権利者の許諾を得ずに行えるとしています。しかしながら、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合には、この限りでない」とも定められており、したがって教育目的であってもその利用はきわめて限定的です。
 この「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」については、各権利者団体が共同してガイドラインを作成・公表しております(著作権法第35条ガイドライン協議会「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」(外部リンク、PDF))。
 要点のみをまとめますと、以下の項目のすべてを満たしている場合のみが「教育目的」として無許諾無償での利用が認められることとなります。
  ・文部科学省が教育機関と認めるところ、またはそれに準じるところでの利用であること
  ・利用の場面が授業の過程であること
  ・複製を行うのは、授業を行う担任、もしくは履修登録している生徒に限ること
  ・全員に配布された教科書であること
  ・利用の範囲は必要最小限であること
  ・部数は必要最小限(クラスの人数と担任の和が上限)であること

 したがいまして、たとえその目的が教育や学術のためであったとしても、「病院や学会が無断で二次利用すること」や「生徒の経済的負担をなくすために書籍の一部を無断でコピーして配布すること」は著作権法に違反していることとなります。
 このような利用の場合には、著作権者からの許諾と二次利用料の支払いが必要となります。ほとんどの出版社はJCOPYにその業務を委託しておりますので、そちらを通じて申請をすることが可能となっています。

2)「学術目的であれば好きに利用してよい」ということはありません
 学術目的であれば自由に二次利用してよい、と誤解されている方も多いようです。これは上記の教育目的の誤解と混同されているか、図書館での複写が拡大解釈されたものと思われます。

 図書館での複写については、著作権法第31条により、いくつかの条件を満たす限りにおいて無許諾無償で行ってよいと定められています。要点は以下の通りです。
  ・営利を目的としない図書館等(国会図書館、公共図書館、その他政令が定める施設(大学図書館など))の内で複製が行われること
  ・複製の目的は調査研究のためであること
  ・複製の範囲は著作物の一部に限ること(国会図書館によれば、単行本であればその半分まで、発刊後相当期間(月刊誌であれば1カ月)を経過した雑誌であれば個々の論文のすべてまで)
  ・申請者1人につき複製物は1部のみであること
  ・複製の作業主体者は人的にも物的にも図書館であること
 ただし、最後の作業主体者の項目については、大学図書館と権利者団体の間で合意が得られており、「コピー機の管理責任者がその複写状況を随時監視する」、「利用者に申請書を提出させる」などの条件を満たせば、申請者本人が複製してもよいとされています。詳細は2003年に国立大学図書館協会が発表の「大学図書館における文献複写に関する実務要項」(外部リンク、PDF)に譲り、実際の利用にあたっては、図書館の規定・案内に従っていただくようお願いいたします。

 したがいまして、著作権法上「図書館等」に含まれない企業や病院内に付設の図書室に所蔵されております書籍につきましては、複製を希望される際には(JCOPYを通じて)権利者からの許諾と二次利用料の支払いが必要となります。
 また、「調査研究」を拡大解釈されている事例が多くあるようです。すなわち、自学習や授業での利用もこの調査研究目的の内に含まれると思われている方もいらっしゃるようですが、上記の教育目的もきわめて限定的であったことに照らし合わせて考えれば、このような解釈は曲解であるとみなさざるをえません。このような利用をされる場合には、申請者自身がJCOPY等を通じて権利者から複製の許諾を得て図書館に許諾書を提出するか、図書館に申請の代行を依頼する必要が生じます。

3)「自炊」は著作権法上グレーゾーンです
 著作物を自らスキャンし、電子ファイルとして保存する行為、いわゆる「自炊」も近年多く行われております。しかしながら、この行為も著作権法の拡大解釈が根拠になっていると考えられ、法律違反になるおそれがあるものです。

 著作権法第30条は、著作物の私的利用を認めています。ただし、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」と限定されており、したがいまして、自炊代行業者に複製を委託する場合には、私的利用とは認められません。
 自炊代行業者は著作権者と別途契約を締結する必要がありますが、出版社にそのようなお問い合わせはないというのが実情です。また弊社の場合は、電子データの取り扱いが技術的に発展途上であると考えており、2019年11月時点では企業が著作物を電子化することに対して許諾を行っておりません(弊社自らが電子書籍の製作を委託する場合を除きます)。

 加えて、仮に所有者自らが著作物をスキャンする場合(すなわち、著作権法により私的利用と認められる範囲内)であっても、紙の書籍を電子データに変換することは望ましくないことと弊社は考えております。
 紙の本は、その装丁や体裁も作品の一部と考えているためであり、時に記載されている学術的内容を正しく読者に伝えるための重要な要素にもなりうるとみなしているためです。自炊のために本を裁断する行為は、この作品を破損するものです。また、裁断しない場合であっても、スキャンした際に生じるノイズや見た目の破損について弊社は責任を負うことができなくなってしまいます。
 書籍の電子化については、弊社または委託業者がそれぞれの書籍について順次製作を行っており、ビューワーの動作確認や完成品のチェックなども済ませております。電子版をお求めの際には、自炊ではなく、これら正規版のご利用をお願い申し上げます。

4)「日本国内(もしくは国外)の著作物からであれば、無断で二次利用してよい」ということはありません
 「日本国内(もしくは国外)の著作物からであれば、無断で利用してよい」という誤解もしばしば耳にするものです。これは、自然科学書や医学書の出版社同士で結んだ取り決めが拡大解釈されてしまったものと思われます。

 学術の世界では、日々膨大な量の二次利用が行われております。そのすべてについて、科学・技術・医学(STMと略されます)の学術出版社が二次利用の許諾を行い、費用を徴収するのでは、手続きが煩雑になりすぎ、ひいては学術発表の停滞を招きかねません。このような事態を避けるため、International Association of STM Publishersは二次利用のうち転載に関するガイドラインを発表しており、定められた分量内(書籍1冊から5つ以内の図表、など)であれば無償で許諾するよう呼びかけています。自然科学書協会や医書出版協会も、これに基づいて作成したガイドラインを発表しており、弊社は両団体に加盟しています。
 ただし、このガイドラインは申請までをもなくしてよいとはしておらず、また実際に無償とするかどうかについては権利者に委ねるとしています。図表の転載をしようとする場合には、著者は必ず権利者に問い合わせ、費用の有無を確認せねばなりません。
 「日本国内(国外)であれば、無断でよい」という誤解は、出版社が手続きを簡略化し、無償でよいとお答えしているうちに、わざわざ連絡するまでもないと思われてしまったものと考えられます。このような対応は、あくまで出版社間だけでの取り決めであること、出版状況によって変わり得ることについて、今一度ご留意いただきたく思います。

5)「図は描き直す」と転載です
 しばしば「図は描き直せば、転載の許諾申請は不要になる」と認識されている著者の方がいらっしゃいます。これはまったくの逆で、描き直してしまうと改変したことになるため、(改変なしを条件とする引用の範囲を超えた)転載とみなされます。それどころか、同一性保持権を侵害する行為であり、また出典を不明にする意図があったとして研究不正「剽窃」にもなりかねません。

 図表を他の出版物に再掲載しようとする場合、許諾申請が不要となるのは、著作権によって認められた「引用」に限られます。同法第32条よれば、引用とは「公正な慣行に合致」し、かつ「目的上正当な範囲」である必要があります。文化庁や医書出版協会は、過去の判例に基づき、この解釈について以下のようなルールを提示しています。
  ・すでに公表された著作物からの引用であること
  ・引用する必然性があること
  ・引用部分がその他の部分から明瞭に区別されていること
  ・引用の近くに出典を明示すること
  ・公正な慣行に合致した、十分に短い量であること
  ・原型を保持していること
  ・原著者の名誉を害したり、意図に反した使い方をしないこと
  ・質、量ともに、引用部分が本文にとって「従」の関係にあること
 引用はこれらのルールを「すべて」守っている必要があります。どれか一つでもルールから外れるものがあれば、転載となり、したがって原著者・発行元の許諾を得なければならなくなります。

 「図は描き直せばよい」という誤解が生じた背景には、印刷の都合で生じる描き直しとの混同があるものと思われます。
 出版社や印刷所は、先生からいただいた画像データが印刷機に適合しない場合や、書籍レイアウトの統一の必要性が生じた場合、内容の同一性は保持したまま図表の描き直し(「トレース」といいます)を行うことがあります。トレースは編集・制作上の権利として認められるのが通例となっています。
 著者校正のときにはこのトレースし直された図表を見ていただくことになり、またその際には新たに転載許諾の申請は不要のため(発行元によっては、同一性の確認のため、発行直前の制作物の提出を求めることもございます)、いつしか著者の先生方によって「図は描き直せば無申請でよい」との誤解につながってしまったのかもしれません。
 著者が図表を描き直した場合、特に内容の追加や削除がある場合には、原図の意図に反したものになっていないか、原著者ならびに発行元の確認を得なければなりません。お原稿をお送りいただく前に、許諾申請をお願いいたします。

 以上のような誤解があることを知りながら、弊社を含め、多くの出版社は多少のことには「見て見ぬふり」をしてまいりました。「先生方の研究・教育を邪魔するようなことはあってはならない」、「学術の発展は社会全体のためであり、やがては出版社の益としてめぐってくる」との思いゆえのことでした。
 しかしながら、誤解が広く蔓延してしまい、少数の先生だけでなく、学会や大学からも間違った認識が聞かれるようになってしまいました。また、科学社会論の発展により、純粋科学の領域であってすら研究者の社会背景が研究成果に色濃く現れることが明らかとなり、2000年前後からは研究者の行動にも社会の厳しい目が向けられるようになってきました。ここに至り、出版社の「見て見ぬふり」も研究者の不正を助長しかねないものであったと、深く反省をいたしております。
 弊社は襟を正すとともに、改めて著作物の正しい二次利用の方法を案内してまいります。ご執筆をいただく先生方におかれましては何卒ご理解とご了承を賜りますようお願い申し上げます。

2020年4月1日
克誠堂出版株式会社